作業療法士や理学療法士が「先生」と呼ばれちゃう事案の取り扱いについて(私見)

あちらこちらのブログで、作業療法士や理学療法士が「先生」と呼ばれることに関して、

「うぬぼれるナ!」「治療だけして生活を見てないくせにッ!」と猛々しく叫ぶ若人の意見を拝見することがあります。

 

 

おーっ、若い!いいね!いいね!

常に何かに怒ってるのは、若い証拠!

怒れ怒れ怒れーッ!燃えろ燃えろ燃えろーッ!

 

 

はい、冷静モードに戻ります。

 

 

ただですね、その「先生」と呼ばれちゃう現実はあるわけで、そう呼んでる人の真意を探らないと議論はすれ違ったままなワケです。

 

だってそうじゃありません?

 

 

病院では、患者さんから「先生」と呼ばれる。

通所や入所では、利用者さんから「先生」と呼ばれる。

地域では、保健師さんや多職種から「先生」と呼ばれる。

 

 

おそらく、その現場で働く作業療法士や理学療法士は「私を先生と呼びなさい。キラッ⭐︎」と強制してるわけはない。

こちらの意図に関わらず「先生」って呼ばれちゃうの、これ、現実なのよねー。

 

 

そんな時に、「私先生なんて偉いものじゃありませんから」と腰を低くしていう善良な人たち。

でもね、それってちょっと浅はかだなーと思っちゃったりもします。

 

 

 

そもそも相手はどういうつもりで「先生」と言ってるのでしょうか?

聞いたことあります?分析したことはありますか?

 

 

私の偏った経験と分析ですが、「先生」と呼ぶには理由があると思います。

・病院の患者さん → とにかく治して。自分の担当は腕がいいと思いたい。偉いとは思ってないよ。

・通所・入所の利用者さん → ごめん、名前忘れちゃったから、誰でも「先生」って言っとけば楽!

・ご家族 → リハビリする人だよね。名前はわからないから、みんな「先生」!

・地域の保健師さん、多職種の皆さん → 「先生」って言ってるんだから、期待に見合った結果だせよなッ。

 

 

はいはい、どうですか?心当たりはありませんか?

 

共通して言えるのは、「誰もあなたを偉い人」とは思ってないですよー。安心してください!

そんなに謙遜しなくても、大丈夫!

 

そんなこと気にしてるより、「結果」を出してね。という期待の表れではないでしょうか。

 

特に地域で訪問や住民さん対象の研修をさせてもらう時に、よく感じます。

例えば、こんな局面。

 

百歳体操を地域の住民さんに伝える場面。これでやる気が起きなければ、すべてパーになる重要な局面です。

 

 

保健師さんや町の職員さんから、「さ、先生、出番です!」と送り出される瞬間。

「さ、先生、出番です!(ちゃんと期待に応えてね。ここでミスったら終わりだから、マジ勘弁。)」と表情に出てます。

 

能天気に「イヤー、僕なんかまだまだですから。先生なんて偉くないっすよ(笑)」と言ってご覧なさい。

 

多職種の皆さん、心の中で爆発です。

「いやいやそんな謙遜しないでください~。頼りにしてます!

(オメー、結果出せないなら帰れよッ!謙遜なんかしてないで、ともかくやれ!)

 

 

さ、見え方が変わりました?

「先生」偉い・偉くない論、そんな単純じゃあないですよ〜。

そんなどっちでもいいことより、期待にどう応えられるか。

 

「先生」と呼ぶのは、期待の表れ。
自惚れてる場合でも、謙遜してる場合でもない。

 

そこ、がんばりましょ!